清高の ニュースの感想 令和版

題名川柳・内容超一流!

マスメディアと SNSを おんなじに

木村花(故人につき敬称略)という女子プロレスラーが(なぜ男子の場合「男子」と言わない?と言う非難は甘受)、フジテレビ「テラスハウスhttp://www.terrace-house.jp/tokyo2019-2020/ での言動をきっかけに誹謗中傷が殺到した(各種報道に接した上での筆者の判断)ことが原因と思われる様態で死亡したことにつき、以下のYahoo! ニュースの記事を紹介する。

SNS事業者団体が緊急声明発表 侮辱などを意図する投稿への対処を強化へ」(ねとらぼ)(2020年5月26日20時29分。なお、ねとらぼ(同20時14分配信)の記事も挙げる)。

news.yahoo.co.jp

nlab.itmedia.co.jp

 

なぜ最初にオリジナルではなくYahoo!ニュースを取り上げたのか?それは、オーサーである、碓井真史さん(新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)/スクールカウンセラー)のコメントに感銘を受けたからである。それは以下のくだり。

 誹謗中傷(個人攻撃や人格攻撃、根拠なく相手の評判を下げる発言等)は、リアルでもネットでも同様に控えるべきだが、批判(良い悪いを見分けた評価判定)との区別は、曖昧だ。そこで、「意図した」が入ったのだろう。

 そう、誹謗中傷と批判の区別は難しいのだ。しかも、誹謗中傷と解釈されても仕方ないコメントも、ある状況では妥当な場合もある。『最新差別語 不快語』(小林健治・著、辛淑玉・企画。にんげん出版、2016)p279に、「反差別集団・男組」のリーダー、高橋直輝さんのコメントがあるが、それによると、

僕らは、レイシストを罵倒するし、取り囲んで説教もする。ネット上でヘイトを垂れ流す奴も放置せず、スパムブロック(集中攻撃)して潰す。 

 とのこと。ネット上で「罵倒」(『最新差別語 不快語』p279)しているかは確認していないが、場合によっては誹謗中傷とされることが有効な場合もある(実際の件数を確認していないが、野間易通『実録・レイシストをしばき隊』(河出書房新社、2018)を読むと、いわゆるヘイトデモのカウンター活動によって新大久保のヘイトデモが減ったということが載っている)。

 

だから、誹謗中傷(記事の「嫌がらせ」もそう)だから即ダメ、という単純な話ではないのである。

 

その一方で、実際に名誉毀損、侮辱、その他の嫌がらせを見逃すこともできない。それならどうすればいいか?

 

一般財団法人 地域社会ライフプラン協会HP「法律あ・ら・か・る・と#13 インターネット上の誹謗中傷は名誉毀損にあたる?」(鈴木大輔弁護士。ウェブサイトは2020年5月28日アクセス。

http://www.lifeplan.or.jp/alps/alps_pdf/alps111/alps111_20.pdf

)によると、

 近時の最高裁判所の判決は、インターネット等においても上記と同じ基準
名誉毀損が成立するとしています。つまり、ネット上で人の評判を落とすような情報を流した場合も、原則として名誉毀損となってしまい、例外的に加害者側で上記①②③の条件を立証できたときのみ免責される場合があるに過ぎません。
*①「公共の利害に関すること」、②「専ら公益を図る目的」、③「③内容が真実であることの証明があったこと、又は、相当な資料や根拠
があったために真実であると誤信してしまっても止むを得なかったような場合」

 とのこと。

 

したがって、インターネット上の誹謗中傷も、普通と同じに考えればいいと思う。

 

先ほど「普通」と書いたが、この場合の「普通」は、マスメディアに掲載された文章のイメージである。

 

ふつうの人はめったにないが、マスメディアで名誉毀損、侮辱、その他嫌がらせを受けたらどうするだろうか?

 

メディア、ならびに著者に責任を取ってもらおうとしないだろうか?

 

だからSNSの場合も、運営会社や書き込みをした人に削除要請だったリ損害賠償請求だったりをするように制度を設計すればいいのである。他のアカウントは感想を送るのは結構だがそれを理由として削除をする運営はよくない。もっとも、マスメディアであれば、問題ある書き手と判断されれば2度と使われないわけだからアカウントの削除や凍結ができないわけではないが、マスメディアで表現されたことは普通は後世の人に閲覧可能になっているわけだから(大宅壮一図書館やGサーチなどで調べられる場合が多いイメージ)、凍結されても過去の書き込みを見られるようにすべきであろう。

 

一方、SNSユーザーが複数のアカウントを持つのがいいか、実名制にすべきかは、微妙である。

 

メディアに何らかの文章を書くとき、普通は、何らかの名前を名乗る。それが本名とは限らないのでSNSに限って実名制を強制するのは無理である(Facebookのようにそれをウリにするのはいいが)。一方、名前を固定するのはあり得、名前を変えるときにアナウンスするというのもあり得る(書籍だが、『続・ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへー16歳から始める思考者になるための社会学-』(白馬社、2019)の著者の表記は「秋嶋 亮(旧名・響堂雪乃) 」である。旧名で『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへー15歳から始める生き残るための社会学ー』(白馬車、2017)という本を書いている)。したがって、アカウントを1つにするようにすることは、法的に可能かどうかはさておき、いい対策かもしれない。

 

とまぁこのように、嫌がらせをされたユーザーが対策を立てやすいようにする一方で、ユーザーの表現を保障することが大事で、そのバランスをどこで取るかということである。その試行が本エントリーだと自負する。