清高の ニュースの感想 令和版

題名川柳・内容超一流!

読売は 人より国が 大事かな

11月20日木曜日、11月23日日曜日の読売新聞は、若者の就労問題の記事が載っていた。ここでは、若者などどうでもよく、国が大事だという読売新聞の態度が出ている(ありうる考えだが、私は国より人が大事だという考えを前提としている)。以下、詳説する。

1.「若者自立対策 支援の輪から外さぬ工夫を(11月23日付・読売社説)」(http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20081123-OYT1T00062.htm

「活力のある社会をつくるには、ニート若年無業者)や引きこもりなどの若者への支援が欠かせない」と書いてはあるが、「ニートなどのほか、フリーターや不登校の児童生徒、高校中退者ら、さまざまな問題や困難を抱えた」という見方ではダメだ。このような見方だからかえって「問題や困難」になるのではないか(経営者として、「問題や困難」のある人間を雇いたいと思う?過度の強調は危険)?

ニートは62万人、フリーターは181万人、引きこもりも30万人前後に上るという。減少傾向にあるとはいえ、なお多い。」とのことだが、何人なら少ないのか?なお、「減少傾向にある」ことからすれば、経済状況も大きいようだから、国の対策は筋違いの可能性が高い。もっとも、ニートとフリーターは35歳以上の人は該当しないから、それが原因の可能性もある。ついでに書くと、なぜ35歳以上の人は支援しなくていいかのような議論になるのだろう。

ニートや引きこもりなどを放置すれば、所得格差の増大や社会保障制度の不安定化を招き、国全体の将来が揺らぎかねない。」に本音が出ている。ニートなどの幸福はどうでもよく、「国」が大事ということである。

「問題がこじれる前に手当てをした方が、解決しやすい」というのはその通りだろうが、本人の個別状況を無視してもダメだろう。

「若者の自立支援に積極的な高知県の場合、ニート、引きこもりの4割が不登校経験者」とのことだが、不登校経験者でなくてもニートなどになるから、過度の不登校の強調もダメだろう(不登校の人の学力をどう担保するかは大事)。

「中退などで学校の目が届かなくなると、就労など自立のための支援をしにくくなってしまう」とのことだが、なぜ中退=放校(現実)なのかが問われるべきだろう(休学扱いだけにすることはなぜできない?もっとも、「懲戒処分」としての退学は否定しない)。

「支援の輪から漏れてしまうことのないよう、支援者の方から直接出向くことも大切」なことは否定しないが、支援される人の意思は考えるべきだろう(個人的には、ネットの有効活用は有効そうだと思う)。

2.11月20日朝刊「あんしん社会保障 最前線 若者支援」(仙台では)

この記事を要約すると、合宿型のニート自立塾は、関心は高いが、利用料金が高いなどの理由で、利用が伸び悩んでいるそうで、そこで、訪問型の支援の重要性が増しているという。

それはいいが、この記事を見た限りでは、ニートが利用しようとしないな、と思われるところがある。

第1に、なぜ合宿型なのか。会社の寮が問題になっているご時世なのに(会社社会に閉じ込めるとして)。もっとも、通塾型もあると聞く。

第2に、支援者に驕りはないのか。「外出もままならない」だの、「電話で話をすることもできない」だのと、ダメ人間と判断する人に近づきたい人がどこにいるのか。また、支援者に会いたくないだけだとも解することができよう。

第3に、利用料金。就職支援なのだから、ただに近い費用で使えるべきである。

そもそもニート自立塾は、なぜ必要なのだろう。精神的な問題ならば精神科や宗教家などに相談すればいいし、職業訓練ならばもっと施設を作ったりすればいいし。自立塾の存在意義自体があいまいだから、利用されないという側面もあるのではないか。