YOMIURI ONLINE「ブログ問題、阿久根市長が謝罪拒否 市議会答弁」(2009年12月14日 読売新聞。取得日同じ。http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20091214-OYS1T00483.htm)
によると、「鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が自身のブログに障害者の出生を否定するような文章を掲載した問題で、竹原市長は14日に開かれた市議会一般質問で「ブログを読んでもらえれば私の考えは理解してもらえる。メディアが一部を取り上げ、大騒ぎしているだけ」と答弁し、関係者に謝罪する意思がないことを明らかにした」という。
それでは、ブログを読んでみましょう。該当するのは、『さるさる日記―住民至上主義』(http://www5.diary.ne.jp/user/521727/)
(竹原市長のブログであると清高が判断した根拠は、ウィキペディア「竹原信一」(http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%AB%B9%E5%8E%9F%E4%BF%A1%E4%B8%80&oldid=29458440)
と、『さるさる日記』を読んだから)「2009/11/08 (日) 医師不足の原因は医師会」(取得日2009年12月14日)(2009年11月のエントリーの2ページ目を示す。http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=521727&start=11&log=200911&maxcount=27
)
そもそもは、「医師不足が全国的な問題になっている」(『さるさる日記』2009年11月8日)のは、「医師が金儲けに走っている為だが、この体質を後押ししてきたのが医師会」(同)とし、「医者を大量生産してしまえば問題は解決する」(同)と市長が提言する。
それで終わればそれだけの話だが、続きが。「全ての医者に最高度の技術を求める必要はない。できてもいない。例えば昔、出産は産婆の仕事。高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている。結果 擁護(ママ)施設に行く子供が増えてしまった。/『生まれる事は喜びで、死は忌むべき事』というのは間違いだ(中略)センチメンタリズムで社会を作る責任を果たすことはできない。」(同)と展開されている。
まず、本来は医師不足の問題を提起しているので、それについて感想を述べる。竹原市長は、医師不足は人数制限した医師会のせいであり、増やせば解決するが、勤務医の報酬アップでは「医者業界の金持ちが増えるだけ」(同)とする。報酬面で勤務医になるインセンティブを与えるのがダメだとも思わないが、人数を増やすのがまずいとも言えないな。私見を述べると、特別公務員にするなどして国が医師の職場を指定できるようにするというものだが、これが実現可能かはわからない。
次に問題となっているところを検討すると、「最高度の技術を求める必要はない」(同)ということから、「最高度の技術」(同)がないために自然淘汰されても仕方がないと読める。直感的で申し訳ないが、竹原市長の発言は疑問である。「擁護(ママ)施設に行」(同)ってはいけないのか?「機能障害」(同)だから労働しないという方向に社会があるわけでもないだろうし。
あと、一般論として、「『生まれる事は喜びで、死は忌むべき事』というのは間違い」(同)という理由も思い浮かばないし(竹原市長も書いていない)、「センチメンタリズム」(同。感傷主義ということか)とも思わないけど。なお、付言すると、「『生まれることは喜びで』」(同)ない場合もあるが、それは避妊法の普及の問題だろう。
以上検討したところによると、「高度医療」(同)以下がなぜ書かれなければいけないのか理解不能である。医師不足解消と関係あるとも思えないし。結局、竹原市長謝罪の一手である。
最後に、上記YOMIURI ONLINEを少々検討する。
「竹原市長は『無駄な人間はいないが、現実の世の中は競争社会だ』とした上で、お年寄りが人工呼吸器を外せず、本人、家族の負担が増えるなど結果的に惨めなことが起きているとし」(上記YOMIUIRI ONLINE)ているが、これは「自然淘汰」(『さるさる日記』2009年11月8日)とは次元の違う話である(安楽死や尊厳死の問題)。
「竹原市長は『問題化したのはメディアが検証することなく大騒ぎするからだ。(一部をとらえることで)社会を誘導するのはやめてほしい。私が謝罪するのは反対方向になる』と答え、謝罪を拒否した」(上記YOMIURI ONLINE)ともある。たしかに、「一部をとらえ」(同)られてはいる。しかし、一般論として、ものを書くときは「一部をとらえ」(同)られないように注意すべきだろう。メディアの検証はなかったかもしれないが、検証するまでもなく(理由を考えるまでもなく)竹原市長の発言は問題で、上記YOMIUIRI ONLINEを検討しても竹原市長の次の一手は謝罪である。