X上で領土問題についてやり取りをしたからか*1、日本共産党の領土問題についての見解が目を引いたので、それを紹介する。素材は、"領土・領有権問題―私たちはこう考えます".2025-6.
,(参照2025-08-04).である。
まずは「千島(「北方領土」)―日本とロシアの領土問題」のところ。
日ロ領土問題の根本は、ソ連のスターリンが「領土不拡大」という第二次世界大戦の戦後処理の原則を破り、ヤルタ協定で「千島引き渡し」を米英に認めさせ、それに沿ったサンフランシスコ平和条約で日本が「千島放棄」を宣言したことです。択捉、国後はもちろん千島列島全体が1875年の樺太千島交換条約で平和的に確定した日本領土です。歯舞群島、色丹は北海道の一部であり、平和条約を待たず即時返還されるべきです
現実にそのような交渉がなされる可能性はほぼ0だとは思うが、この見解は一理ある。
日本国との平和条約*2第2条(c)によると、「日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とあることもそれを補強するように思う。大日本帝国の帝国主義の否定であって、それと関係ない千島列島を放棄させられる筋合いは本来ないのである。なお、ソ連→ロシア共和国は、日本国との平和条約の当事者国ではないので、千島列島全体の領有権を主張できる。
次は、「竹島問題」。注目すべきは以下のくだりである。
竹島問題について、日本共産党は1977年に発表した見解で、①竹島が1905年に島根県に編入されて以来、半世紀にわたり日本領とされてきたこと、②1951年のサンフランシスコ条約第2条a項でも、竹島を、朝鮮にたいし放棄する島のなかに含めていなかったことを指摘し、竹島についての「日本の領有権の主張には、国際法上の明確な根拠がある」と指摘してきました。
同時に、この島の編入の時期が、日本が韓国を武力で植民地化してゆく過程にあった1905年であり、当時、韓国の外交権が奪われていたことも考慮して、自国の領土とする韓国側の主張も検討する必要があることを明らかにしてきました。
竹島の領有権問題を解決するためには、なによりも日本の過去の植民地支配への真摯な反省を明確にすべきであり、そうしてこそ、両国間で竹島問題を冷静に話し合う土台をつくることができます。そのうえで、日本と韓国の双方が持っている歴史的事実をつきあわせて、冷静な外交交渉をおこなうことを日本政府に求めます。
日本共産党が言っていないこと、それは、「1900年、大韓帝国勅令第41号、独島を韓国領土として世界に公表」ということである*3。これが実効的占有*4の要件を満たしているのであれば、日本の先占の主張は無理となるが、実際にはどうなのだろうか。杉原高嶺ら.現代国際法講義.第5版,p.105によると、「実効的占有の程度は個々のケースにおいて多様であ」り、「人口が希薄な、または人が定住していない地域に対する主権の行使は、他国の競合的な主張がない限り、ごくわずかなものでも十分である」とされるので、大韓帝国勅令第41号がそれに該当するのか、筆者には判断がつかない。
日本(大日本帝国)の編入が1905年とすると、引用した日本共産党の見解、すなわち「この島の編入の時期が、日本が韓国を武力で植民地化してゆく過程にあった1905年であり、当時、韓国の外交権が奪われていたことも考慮して、自国の領土とする韓国側の主張も検討する必要がある」のも一理ある。筆者は面白がるつもりはないが、竹島は日本領である、という主張は容易でないように思った。
このように、日本共産党の領土問題の見解については、突拍子もないようで、なかなかの主張になっているので、大いに参考になった。それゆえ、読者の皆様にも紹介したくて記事にした次第である。
*1:当ブログ管理人、清高のポストは
https://x.com/kiyotaka1974_2/with_replies
から。
*2:いわゆるサンフランシスコ平和条約のこと。
*3:"独島は韓国領土".東北亜歴史ネット.,
http://contents.nahf.or.kr/japanese/item/level.do?levelId=isdk_001j_0020_0010
(参照2025-08-04).ただし、著作者が不祥である。しかし、高崎宗司.植民地朝鮮の日本人.岩波書店,2002,(岩波新書新赤版790).、ならびに、孫崎享.日本の国境問題:尖閣・竹島・北方領土.筑摩書房,2011,(ちくま新書905)でも言及があるので、事実とみていいと筆者は判断した。