「法務省内の勉強会で死刑制度の是非に関する議論が続く」とあるが、ちょっと勉強すれば、廃止しか方向性はないのである(世界人権宣言第3条、市民的及び政治的権利に関する国際規約第6条、刑事政策の専門書参照)。平岡秀夫法務大臣は「『執行は慎重に判断しなければならない』と答えた」そうだ。当然の発言なのだが、おそらく、被害者遺族の抗議を怖がっているのだろう(廃止が妥当だといえない、ということ)。
「再審請求も執行時期に影響を及ぼす可能性がある(中略)法務省は執行順を決めるに当たり、わずかな例外を除き、再審を請求している死刑囚を後回しにする運用をしてきた。このため、執行逃れの請求が後を絶たず」とあるが、ホント、読売新聞記者はただの人権屋で、全然理解していない。「死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権利を有する。死刑に対する大赦、特赦又は減刑は、すべての場合に与えることができる」(市民的及び政治的権利に関する国際規約第6条第4項。日本も批准済み)のだ。再審は「減刑」を含むので(刑事訴訟法第435条第6号参照)、「執行逃れの請求」だとしても、正当な権利の行使で、「『壁』」というタイトルは、不適当である。一般論として、死刑を言い渡された者は、「執行逃れの請求」でもジャンジャンするがよい。それが日本社会をよい方向に変え得る行為なのだから。
結局、読売新聞記者は、権力のポチで、市民の心を忘れてしまった、記者失格の人間が連載をしているという、極めてレベルの低い新聞のようだ。こんなのが発行部数ナンバーワンというのが、日本の閉塞感の一面なのだろうか。