清高の ニュースの感想 令和版

題名川柳・内容超一流!

元号を やめてしまうの アリかもな

今日、今上陛下退位に伴う、2019年5月1日からの元号が発表された。「令和」(れいわ)とのこと。

 
それはいいのだが、日経XTECH「新元号は令和に、システム対応いよいよ大詰め」(田中 陽菜。2019年4月1日11時40分。https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/news/18/04597/
)を見ると、複雑になる。
 
改元の度に「システム改修作業」(記事より)をするのは、カネがかかるだろうし、面倒。だから、この際、西暦に一本化するのもアリだと思った。その後に作業をしなくて済むわけだから。ただ、天皇制を存続させることとして、元号なしならどうするかまでは考えていないが。
 
ところで、藤井青銅『「日本の伝統」の正体』(柏書房、2017)p122を見ると、「平成六年『公文書の念表記に関する規則』というものができて、/『公文書の年の表記については、原則として元号を用いるものとする。ただし、西暦による表記を適当と認める場合は、西暦を併記するものとする』」とある。
 
そんなものかなと思っていたら、話は先に進んでいた。日本経済新聞電子版「公文書の西暦表記、義務づけ見送り 政府方針」(会員限定記事。2018年8月20日21時。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34347110Q8A820C1PP8000/
)によると、「政府は2019年5月1日の新元号への切り替えに関し、公文書への西暦表記を義務付けない方針を固めた」という(つまり、西暦表記を義務付けることを検討したということ)。改元は、日本経済新聞の記事(2018年8月20日)から約8か月後。それでも苦労するものなのだろうか?
 
改元のほうがラクで、西暦の方が大変というのはよくわからない。後者なら1回やれば終了なのだから、ある程度時間を取ってやればそのほうがいいと思うのは素人考えなのだろうか?
 
(追加。2019年4月1日)
なお、前述『「日本の伝統」の正体』によると、「古代からずっと、東アジアでは中国が超大国であり先進国なので、周辺の(略)日本でも、真似して元号を使うようになった」(p117)のであれば、現在は(まだ)欧米諸国が先進国で(筆者主観)、かつ、中国でも元号が使われていないわけだから、日本がそれに倣うのも悪い話ではない。