清高の ニュースの感想 令和版

題名川柳・内容超一流!

週刊誌 被害者なんか どうでもいい

今日は水曜日。先週が雑誌休刊だったから、木曜日発売の『週刊新潮』、『週刊文春』の発売のようで、読売新聞2010年8月18日朝刊13版8面、9面(仙台では)に広告が載っている。

まず、『週刊新潮』2010年8月26日号の見出し。

「仙台『高校教諭』金属バット撲殺事件 不貞妻の殺意を磨いた『被害教師』の教え子妊娠 ベテラン数学教師は複数の女子卒業生と男女の一線を越えていた。新聞が書かない被害者の闇と『崩壊家族』の肖像」

次は、『週刊文春』2010年8月26日号の見出し。

「●『殺意の原点』夫が妻にふるったDV」

これらの事件は、仙台で私立高校の教諭が殺害された事件で、被害者の妻が逮捕されたことを受けた記事のようだが、「同情と尊敬の念をもって扱われるべき」(犯罪及びパワー濫用の被害者に関する司法の基本原則宣言第4条。諸沢英道『新版 被害者学入門』(成文堂、1998年)p532参照)被害者をこう書いていいものだろうか?被害者に落ち度がある場合もあるが、ことさらに書いていいものだろうか?被害者の親族のことを考えたことがあるのだろうか?

所詮週刊誌など、被害者などどうでもいいのだった。ならば他の事件を扱う時でも「被害者の人権」を持ち出すな!つまり、都合のいいときだけ「被害者の人権」を述べるな!

付言すると、最近は、加害者(被害者の妻は推定無罪だが、被疑者、被告人を含めて問題はない)の身内が必要以上に苦しんでいることも明らかになっており、加害者の身内にも配慮すべきということになろう。

結論を書くと、事件記事は、いろいろな人に配慮しなければならず、興味本位で書いてはダメだ、ということである。執筆者の問題意識・筆力が問われよう。