読売新聞は、社説で、差別を肯定しているという話。
2023年2月7日社説「首相秘書官更迭 重責を担う自覚を欠いていた」
(前略)海外では、同性婚を認める国が増えているという。日本ではまだ、同性婚の法制化に社会的な合意があるとは言えない。
だからといって、「日本が遅れている」という言説には違和感を覚える。各国にはそれぞれ歴史や文化の違いがある。それを認め合うのも、多様性の尊重だろう。
社会の意識や時代の変化を踏まえつつ、冷静に、また慎重に議論を進めるべき問題だ。
それでは、「社会の意識や時代の変化を踏まえつつ、冷静に、また慎重に議論」してみるか。といっても、国際連合広報センター「LGBT」をまずは見てもらうかな。
LGBTに対する暴力や差別を否定している風にしか見えない。
日本は、「LGBTの権利の支持宣言の支援」に賛同し、「差別と性的指向に関する調査を求める決議(A/HRC/17/L.9/Rev.1)」にも賛成している。一方、反対声明もあるが、「一部の国はその後LGBTの人権擁護に賛同の立場に転換している」とのこと。LGBTの権利は守られる方向にある。
によると、G7の国で、同性結婚が制度上保障されていない*1のは日本だけである。これらを総合的に考えれば、読売新聞社説の表現の「『日本は遅れている』」というのは、まさに正しい認識である。人権問題に、読売新聞社説にある「各国にはそれぞれ歴史や文化の違いがある。それを認め合うのも、多様性の尊重」としてしまうと、人権がないのも多様性の尊重になってしまい、妥当ではない。読売新聞の社説を書いている人は、日本政府の対外的な立場と逆で、LGBTへの差別を肯定していると解釈されても仕方がない。
以下は、オフレコについて付記。まずは読売新聞2023年2月7日社説「首相秘書官更迭 重責を担う自覚を欠いていた」から引用する。
一方、オフレコを条件にした発言が報じられ、要人の更迭人事に発展したことは気がかりだ。
(中略)
本人に伝えれば、オフレコも一方的に「オン」にして構わないというなら、オフレコの意味がなくなる。取材される側が口をつぐんでしまえば、情報の入手は困難になり、かえって国民の知る権利を阻害することになりかねない。
これもズレてるなぁ。公務員選定罷免権が憲法第15条に定められており*2、刑法第230条の2・第3項において公務員に関する事実については要件1つで免責されていることからすれば、公務員の動向を知らせるのは当然であるから、筆者の意見としては、今回の毎日新聞の、いわゆるオフレコ破りを支持する。民主主義社会においては、政治家や公務員が「取材される側が口をつぐ」*3無ことを心配するのではなく、説明責任を果たすことを要求すべきである。
それにしても、そもそもオフレコ取材はそんなに重要なのか? コトバンク「オフレコ」*4の、「ブリタニカ国際大百科事典 小項目辞典」の解説によると、「いったんオフレコの約束をした以上,それに縛られるため,情報提供側に濫用されると,情報操作につながるおそれがある。取材側としては安易にオフレコを認めるべきではない」とのこと。可能な限りオフレコを認めない一方で、政治や行政に携わる者に説明責任を求めるべきであり、オフレコ破りを咎めても読者のためにはならない。
*1:イタリアは「シビル・ユニオン制度」とされているから、「同性結婚」ではないではないか、という反論は成り立ちうる。
)の「日本大百科全書(ニッポニカ)の説明の通り、「あらゆる公務員の選定罷免権が、終局的には主権者たる国民にある(以前は大日本帝国憲法第10条で天皇の権利とされていた。筆者補足)ことを表明している。ただし、すべての公務員を国民が直接に選定し罷免すべきだという意味ではない」のではあるが。
*3:読売新聞2023年2月7日社説「首相秘書官更迭 重責を担う自覚を欠いていた」
*4:
https://kotobank.jp/word/%E3%82%AA%E3%83%95%E3%83%AC%E3%82%B3-221847