清高の ニュースの感想 令和版

題名川柳・内容超一流!

保守系の 発言だけが 残るのか

1.月刊現代が12月1日発売分で休刊するという(読売新聞2008年9月1日朝刊34頁)。

先の『論座』といい、今回の『現代』といい、保守系とはちょっと距離を置く月刊誌の相次いだ休刊は、個人的には残念である。

休刊の予定がないのは、『正論』、『諸君』、『文藝春秋』、『新潮45』、『中央公論』、『世界』といったところか。前5者は右のイメージ、『世界』は『現代』や『論座』より左のイメージ。極端な方が面白いのも真理だが、ある程度極端なものしか成立しないのだろうか。

2.ところで、今日は1日。上記読売新聞には、『正論』と『諸君』の広告が載っている(『現代』は休刊するのでスルー(?))。個人的に見出しに疑問を持っているので、それを述べる。

(1)まず、上記読売新聞1面に載っている『正論』10月号。

 屮僉璽詒酬莉颪琉嫐を歪める学者たちの知的不誠実」(小林よしのり)とのことだが、(ア)漫画家が専門的な訓練を受けている学者より説得力のある文章が書けているかは見もの(期待薄)。(イ)パール判決が記は所詮少数意見であり、強調にあまり意味がないのではないか。とりわけ法律家は、研究したほうがいいとは思うが。

◆屮泪襯スの亡霊に安らかな眠りを」(佐伯啓思)、ならびに、後述『諸君』「特集 気分は共産主義」。景気がよくなり、かつ、不安定雇用が少数派(いわゆるバブルの時にも、日雇い(派遣ではないが)の人はいたし、貧困者はいた。生田武志『ルポ 最底辺』(ちくま新書)の一読を請う)であれば、マルクスの亡霊や共産主義の気分は出ないって。まぁ、共産主義になると、(ア)自由な考えが持てなくなる、(イ)知識が歪む、(ウ)生産物の質が落ちる、といった不都合があるからな。

「本当の“生きる力”とは何か―本音で語る「体罰のすす(変換が難しいため、改変)め」(戸塚宏/野口健)についてだが、親権者の体罰を否定するつもりはない(懲戒権(民法第822条第1項)があるから)。しかし、体罰をしたほうが“生きる力”がつくという研究はあるとは思えないし(昔はおそらく現在より体罰が多かっただろうから、生きる力がついたのは体罰のおかげとするのは現在より難しいだろう)、現在では研究すらできないだろう(人道的観点から)。児童虐待が問題となっている現在においては、不適当な問題意識ではないか。

(2)上記読売新聞4面に載っている『諸君』10月号の広告。

 崙箪検ゝなは共産主義」については、既述。

◆屐崔でも殺人」から自己中ペアレンツ、不正採用教師まで 日本の学校をモンスターにしたのは誰だ!」(八木秀次/石井昌浩/義家弘介)。

答えは、

(ア)「誰でも殺人」自体は、おそらく昔からあるものと思われる(逆に、昔はなかったことをどう証明するか。もし昔はなかったように見えるならば、それは、犯罪記事が詳しくなったのが大きいと思う)。

(イ)「自己中ペアレンツ」は、悪いとは言えない。「父母その他の保護者は、この教育について第一義的責任を有する」(教育基本法第10条第1項)なら、「自己中」と言われようが、教育に口を出すのは当然だろうし、「自己中」と言われるぐらいのことができるようになったというメリットもあるからである。

(ウ)「不正採用教師」は、究極的には、教育委員の資質の問題だが、一因は、公選制を廃止し、閉鎖的な制度を作った自由民主党政権である。

*文中の敬称、ならびに雑誌発行社名は省略しました。