読売新聞2020年7月1日統合版12版13面「「ネット中傷」開示制度見直し」はなかなかの記事だった。
被害者側の代理人を主に務めた清水陽平弁護士の「責任の追及 時間との闘い」(以下、①)、プロバイダー側の代理人を主に務めた北澤一樹弁護士の「正当な批判できなくなる」(以下、②)、憲法学者の毛利徹さんの「匿名性 表現の自由形成」(以下、③)、どれも読者のみなさんの一読を勧めるので、読売新聞の販売店、または図書館で。
①で注目したのは、
開示対象の見直しも急務だ。現在開示が認められているのは、問題の投稿をした際の通信記録だが、 ツイッターなど海外事業者の多くはこれを記録していない。一方、ログインした際の通信記録や、アカウント作成の際に登録した電話番号は保存されており、開示されれば投稿者特定に役立つが、権利を侵害する投稿そのものに関する情報ではないため、可否の判断は裁判所でも分かれている。
のところ。①では主張してないが、筆者に言わせると、だから電話番号の開示はやめたほうがいいのである。
②で注目したのは、
匿名投稿イコール誹謗中傷ではない。プロバイダーの代理人として多数の開示請求に対応していると、違法かどうか判断が難しい表現や、正当な批判を封じるために制度を悪用しているとしか思えないものなど、様々なケースに直面する。
誹謗中傷対策に念頭においた制度見直しは、悪質な投稿者のみならず、全ての表現者に影響する可能性がある点に注意が必要だ。
の2つ(もう1つあるが、後述)。「誹謗中傷だぁ~!」といっても正当な批判にすぎないものも、いちいち示さないが、ウェブでよくあることである。そしてそれが全表現者に影響するという指摘も的確である。
ただ、
プロバイダーが担っていた防波堤の役割がなくなり、発信者は自力で訴訟対応をしなければならなくなる。裁判をする覚悟がない人は匿名の発信ができない国になってしまうのではないか。
は賛成しない。書籍の場合は上記に類似したこと(出版社と著者を被告とする)が起こるわけであり(一例。
。ただし、大江健三郎さんは本名 )、やはり表現者(発信者)は裁判をする覚悟が必要だろう。実名匿名不問で。
③で注目したのは、
日本では、匿名性を剥ぎ取ることが表現の自由に対する制約になるという意識が低いが、米国では連邦最高裁の判例などでも、匿名表現を憲法上保護に値する権利として認めてきた。
「表現に自信があるなら名前を出して発信せよ」と迫ることは、実際には「一部の勇者」を除く普通の人々に沈黙を選ばせる可能性が高い。
の3文で、それらは味読すべきである。実名だとはばかられる場合があるので(以前書評の匿名性について、匿名だからしがらみなく本を批判できるのだという趣旨の文章を読んだことがある)匿名で表現するのは普通のことであり、それは保護に値するのだ。
ただ、
表現者が匿名性を保持したままで裁判所に対して自分の立場を主張できる仕組みを導入するなど、当事者の公正さの確保も求められるだろう。
が「公正」かは判断が難しい。訴えを提起する場合、当事者を特定し、訴状を送達しないといけないわけで(民事訴訟法第138条第1項)、そうなると普通は本名が明らかになるものだからである(請求の趣旨(民事訴訟法第133条第2項第2号)は、例えば「被告〇〇(本名)は、××(ハンドルネーム)名義で云々」になるということ)。
ともあれ、「「ネット中傷」開示制度見直し」は、被害者100%ではなく、他者の権利に対する配慮が行き届いており、有益な解説であった。