読売新聞が、安倍晋三について歴史修正しているという話。こういう不正確な情報を受け取れば、自由民主党がよくて批判する野党がダメだと解釈する人がいても不思議はないという出来であった*1。以下、引用しつつ検討する。
1.読売新聞2022年7月12日統合版12版10面「安倍元首相 教育改革に尽力」
(前略)安倍氏の主導で「教育の憲法とも言われる教育基本法を1947年の制定以来、初めて改正。教育目標に「我が国と郷土を愛する態度を養う」との表現で「愛国心」を新たに盛り込んだ。
これ、本当にいいのか?児童・生徒の思想・良心(憲法第19条参照)に踏み込む内容だけど。それのみならず、現在の教育基本法第16条第1項の「教育は、不当な支配に服することなく、この法律および他の法律の定めるところにより行われるべきものであり」というのも改悪である。文部科学省HP「昭和22年教育基本法制定時の条文」(2022年7月12日アクセス。
https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/a001.htm )の第10条第1項「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである」を変えたものだが、法律が「不当な支配」になることくらい想像できるだろうに。まぁ、批判と中傷を区別できないほどの日本語能力の記者しかいない読売新聞だから仕方ないか*2。
改革の一つが「道徳」の教科化だ。2011年に大津市で起きた男子中学生のいじめ時間が発端となり、小学校で18年度、中学校で19年度から「特別の教科」となった。実際、教科書には、いじめを題材とした記述が盛り込まれた。
「道徳には教科化がなじまない」との意見もあったが、「他者をいたわる心や規範意識は国が責任をもって教える必要がある」との安倍氏の強い信念で実現させた。
もちろん、「『道徳には教科化がなじまない』との意見」が正当なのは、愛国心を盛り込んだ教育基本法「改正」の場合と同じ理由だが、筆者の知る限り、「『他者をいたわる心や規範意識』」を持てばいじめがなくなるということは聞いたことがない。実際は、先生が目を光らせることであったり、ストレスを緩和・コントロールする方がいじめが防げる可能性があるはずである*3。
(幼児教育・保育の無償化に続き)大学など高等教育の無償化にも着手した。
それは安倍政権よりも、民主党政権の話である。外務省HP「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係る留保の撤回(国連への通告)について」(平成24年*49月)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/tuukoku_120911.html が根拠。つまり、当時も自由民主党の影響が避けられなかったとはいえ、民主党政権の誕生が大きい*5。参議院HPにある、「社会権規約の中等・高等教育無償化条項に係る留保撤回
― 条約に付した留保を撤回する際の検討事項と課題 ― 」(中内康夫。
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2013pdf/20130201044.pdf
)もご一読。
2.同12版17面「『女性活躍 重要さ発信』」
これらの内容を間違いであるというつもりはない。しかし、選択的夫婦別姓に反対したのも安倍晋三である。産経新聞「安倍首相のらりくらり… 夫婦別姓めぐり民主・岡田代表がネチネチ追及」(2016年2月29日12時20分)
https://www.sankei.com/article/20160229-5ZSVQTWBHVNENNICPUNQWA3X74/ をご一読。いいことばかりではなく、問題点も書くべきである*6。
3.同12版19面「安倍元首相 銃撃」
(1)堀川惠子「暴力には言論で徹底的に対峙」
(前略)少しずつ明らかになる容疑者の情報に釈然としない思いを抱く。動機は恐ろしく身勝手。政治的意図はなく、一方的に個人的な恨みを募らせての凶行のようだ。
堀川さんはノンフィクション作家だそうだが、新聞を読まない人のようである。
kiyotaka-since1974.hatenablog.com
でも取り上げた読売新聞オンラインの記事を読んで出直しね。現在の世界平和統一家族連合、以前の世界基督教統一神霊協会(統一教会)に苦しめられている人がどれだけいるかを知っていれば、絶対に書けない。
(今回の安倍晋三銃殺)事件の底流を歴史に探るのならば、むしろ原敬暗殺の背景に時代の相は重なって見える。各地で米騒動が勃発、物価急騰で貧富の差が拡大、行政の救貧事業は機能せず。格差社会の不穏に内務大臣は「階級調和」を求める訓令まで発布する。いつの世も格差是正や階級対立の調整を担うべきは政治だが、政治家は民に届く言葉を持たず利権や汚職にまみれていた大正デモクラシー末期のテロからわずか数年後、日本は昭和初期の連続テロ、そして戦争の時代へと踏み入れていく。
別に貧富の差や階級対立の問題ではない。宗教団体から被害を被ったという話。つまり、分析が大ハズレ。
(前略)言論の劣化が著しい。社会的弱者へのヘイトが量産され、分断を煽る言説が幅を利かせる。発信力を増すネット社会では実名なら到底発せられぬような乱暴な言葉が飛び交う。言論の府たる国会も論戦は低調だ(以下略)
だからと言って安倍晋三・元内閣総理大臣が殺されていい理由になってないけど。現時点で被疑者がインターネットに書き込みをしたという情報もない。
(2)筒井清忠「健全な民主主義社会 再発防ぐ」
暗殺事件は左右の急進運動に共通して存在しており、社会的に不遇の立場にある非エリートによってそれが引き起こされているということである。
「安倍晋三 『統一教会』と 関わる?」でも書いたが、「左右の急進運動」の影は、今のところ見えない。被疑者が「不遇」くらいしか当たっていない。
長期政権を強いた強烈な政治的リーダーの「強さ」はその点、(暗殺の。筆者注)志向の対象になりやすく、また同時に潜在的に強い嫉妬心を肥大化させていて、その破壊による自我の拡大が強く望まれたとみられるのである。詳細な動機は今後明らかになって来るであろうが、それがどのようなものであるにせよ、暗殺の対象は安倍晋三元首相のような大きな存在でなければならなかったものと思われる。
その点で安倍元首相はやはり徹底した警護の対象になるべきだったのであり、最近あまりこうした事件が起きなかったために油断があったことは否定できないであろう。
自我の拡大を望むこうした事件の犯罪はマスメディア志向が強いので、大きく報道されることを意図して報道しており、騒げば騒ぐほど犯人や犯人と同じ志向を持った人々を喜ばせ誘発する傾向が増えることに留意すべきである。
実際は違うようである。テレビ朝日「独自『火炎瓶もって…』供述で判明した旧統一教会"襲撃計画"安倍元総理を狙った理由」(2022年7月12日23時30分)
によると、
「『本当は統一教会のトップを狙っていましたが、韓国にいて、コロナウイルスのために日本に来ませんでした。安倍元総理を狙って撃てば死ぬかもしれないことはわかっていましたが、どうしても統一教会が許せず、そこにつながっている安倍元総理を散弾銃で撃ったのです』」
(中略)
「『元凶は韓総裁かと思っていました。だから韓国に行って殺ってやろうかとも思いましたが、出国などできないと思いやめました(以下略)』」*7
だって。元凶を殺すことが難しいからターゲットを変えたということであって、「大きな存在」*8だから安倍晋三をターゲットにしたわけではないのである。
また、「騒げば騒ぐほど犯人や犯人と同じ志向を持った人々を喜ばせ誘発する傾向が増えることに留意すべきである」*9としても、問題ある団体を問題ある団体と報じてはいけないことにもなってしまい、不適当である。
なお、「テロリストたちをマスメディアが礼賛した」*10ということも、今のところ、ない。
4.本当は2022年7月12日の新聞でやめておこうと思ったが、7月13日になっても修正を試みているようなので、以下、検討する。
(1)読売新聞オンライン(紙では、2022年7月13日統合版3面)「聴衆に近づきたい政治家・急な予定変更…警護にジレンマ[スキャナー]」
において、安倍晋三が「大物」なのは認めるが、「政治主張に反感を持つ人」の話には今のところなっていない。
(2)2022年7月13日社説「安倍元首相銃撃 国際的な視点が欠けている」
には、以下の記述がある。
(前後略)
前回の参院選では、演説中の安倍氏にヤジを飛ばした男女が北海道警に排除された。これに対し、札幌地裁は警備が違法だったとして道に損害賠償を命じた。
判決は、ヤジを飛ばした人の「表現の自由」を認めたが、演説を静かに聞きたい聴衆の権利はどうなるのか。判決が今回の安倍氏の警備に与えた影響は明確ではないが、規制の必要性を的確に判断することが重要だ
もちろん、札幌地方裁判所の判決が現時点で確定しているわけではないので、北海道が損害賠償義務を負うかは未確定である。しかし、北海道放送『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』(2020年4月26日)
を見た限りでは、公職選挙法第225条(選挙の自由妨害罪)に該当する行為を発見できなかった。ヤジを飛ばすことを「威力」*11(第1号)とも「演説を妨害」(第2号)とも「威迫」*12ともするのは無理である。演説に賛成を表明するのも反対を表明するのも原則自由であり、問題のある行為を処罰しうるにすぎず、現時点では札幌のヤジは問題ないとせざるを得ない。従って、社説の問題意識は間違っている。
5.以上検討したが、事実を直視せず、都合のいいことばかり書く、読売新聞の体質があらわになった安倍晋三銃殺劇であった。
*1:蛇足だが、2022年7月12日19時30分からのNHK総合「クローズアップ現代」にもそれを感じた。労働組合員がその労働組合が支持する政党に投票しないという話であったが、マスコミでもインターネットでも、与党が正しくて批判する野党が問題であるという情報を受けるのでそう判断してしまうのではないかという仮説を筆者は持った。番組でも、野党に求めるのは対決姿勢より是々非々であるという学者の調査を紹介していた。それが証拠だというつもりはないので、あくまで仮説。
*2:「批判と中傷 区別ができぬ 読売が」参照。
https://kiyotaka-since1974.hatenablog.com/entry/2022/07/09/183059
*3:現在手元にないが、筆者は『いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識 』(荻上チキ、PHP新書、2018)と、『大人のいじめ』(坂倉昇平、講談社現代新書、2021)からヒントを得た。
*4:2012年のこと。
*5:後述の「社会権規約の中等・高等教育無償化条項に係る留保撤回
― 条約に付した留保を撤回する際の検討事項と課題 ― 」によると、「2009 年9月に新政権が成立しており、本報告のいくつかの項目につき再検討を開始している」との注記が加えられていた」とある。「新政権」が鳩山由紀夫政権なのはいうまでもなく、その政権は、当時存在した民主党、国民新党、現在も存在する社会民主党との連立政権である。
*6:この点については、烏賀陽弘道『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書、2017)が参考になる。
*9:*8に同じ。
*10:*8に同じ。
*11:威力業務妨害罪(刑法第234条)の話になるが、「威力」とは、「犯人の威勢、人数、四囲の情勢から客観的に見て被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力」(最高裁昭和28年1月30日判決)のことである。
*12:参考までに、刑法第105条の2「威迫」とは、「言語、動作によって気勢を示し、不安・困惑の念を生じさせること」だそうである。西田典之『刑法各論』(弘文堂法律学講座双書、1999)p.439。