清高の ニュースの感想 令和版

題名川柳・内容超一流!

被害者が 続々抗議 しているよ

朝日新聞の夕刊コラム「素粒子」において、鳩山邦夫法務大臣のことを「死に神」と表現した問題において、犯罪被害者の方の抗議が止まらない。

1.「地下鉄サリン事件被害者の会」が、「(法相は)法に従って粛々と実行したのであり、非難中傷を受けることではない」などとする抗議文を朝日新聞社に送ったそうだ(毎日.jp「朝日新聞死に神」報道:サリン被害者の会も抗議」(http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080704ddm041040163000c.html
)。また、読売新聞7月13日朝刊38頁(仙台では)によると、NPO法人全国犯罪被害者ネットワークも、「(記事は)被害者遺族の心情を踏みにじるものであり、国民に対する配慮の欠けた行為」であるから、謝罪を求める要請文を朝日新聞社に送ったという。後述の全国犯罪被害者の会(以下、あすの会と表記)と異なり、ホームページ上で主張を確認できなかったが、記事を見た限りでは、感情は理解するが、書かれていないことに関する抗議であり有効でない反面、権力に対する皮肉(これ自体は表現の観点、文学の観点から守られるべきものだと考える)を抑圧する危険性がある抗議だと言える(なお、「地下鉄サリン事件被害者の会」の抗議文について付言すると、法務大臣は必ずしも被害者のために死刑を執行しているわけではない)。

2.ところで、あすの会が、朝日新聞社に再質問状(http://www.navs.jp/2008_7_7.html
を送付したという。上記サイトを引用しつつ検討する。

(1)用語の意味は、何度質問しても、「広辞苑」レヴェルの答えしか出て来ず、無駄ではないか(「死に誘う神」ぐらいの意味)。

(2)「何人なら問題がないとお考えなのでしょうか」→おそらく、客観的な人数の問題じゃないだろう。態度なども考慮して書いたのだろう(「自信と責任」に胸を張り」(あすの会朝日新聞社に公開質問状を提出」(http://www.navs.jp/2008_6_25.html
より引用)の部分も重要では?)。

(3)「法相のどこが慎重さを欠いていたのか、慎重にするためにはどうすべきであったのか、慎重の内容をお示しください」→(2)の回答と同じ。

(4)「死刑判決が確定し、執行することに何らの問題がないケースでも、できるだけ執行してはならないという趣旨でしょうか」→被害者の方なら、すべて「執行することに何らの問題がないケース」となろう。それはさておき、これは、記事から各自読み取ればいいだろう。

(5)「被害者遺族の思いに配慮した貴社の記事はほとんど見受けられず、逆に執行に抗議する弁護士や学者の意見を数多く紹介するなど」→相手に「明確な回答」を求めるのはかまわないが、質問も明確でなければならないのではないか(数を示した方がよかったのではないか)。

(6)「被害者の払う税金が死刑囚が生きていくための費用に使われていると考えるだけでも怒りがこみあげてくるのです」→しかし、もし死刑にならないならば、被害者の救済にごく少数とはいえ使われるのでは(「売上げの一部を犯罪被害者支援団体の活動に助成してい」るという(CABIC(「矯正協会刑務作業協力事業の英訳(カッコ内略)の頭文字」)のホームページ参照。 http://www.e-capic.com/capic.htm
。機会があれば、平日に刑務所を訪れるべし。もっとも、だから死刑をなくせとはならないことは承知しているつもりである)?

3.犯罪被害者の方かは定かではないが、関連があるので取り上げると、JanJanNews(松尾信之執筆)「マスコミ料理教室18 『朝日』の「素粒子」と『産経』の「朝の詩」」(http://www.news.janjan.jp/media/0806/0806220296/1.php)
は、的外れである。

(1)そもそも、「オヤジの駄洒落・語呂合わせのような内容」は基本だろう。これがダメならば、文学は死滅する。

(2)「「死に神」のレッテルを貼るのは相当の覚悟がいる」のは理解するが(安易に謝罪するなら書くな!書くなら反論せよ!ということ)、どうして「全国紙の論説委員が書くコラムとしては、あまりに無神経で無礼な中身」なのだろう。羽生善治新名人を「将棋の神様」と表現していることから来るわけで、そんなにおかしい表現でもないだろう(羽生新名人が不愉快と言うならばわかるが)。

(3)「「チクリと刺す」「風刺コラム」「中傷する意図はない」などの言い訳は見苦しい」→中傷に限って同意。私は、この批判の方が見苦しいと思うが(確かに、「チクリと刺」しているし、「風刺」になっていると思うから)。

(4)「死刑批判をするなら真正面からやれ」って?どうやろうが勝手だろう。

(5)「人を小バカにしたようなコラムを書いて平然としている記者の人権感覚を疑わざるをえない」→人って言ったって、権力者なんだから、これくらいは庶民文学の類として許される範囲だろう。

4.素粒子問題については、もうそろそろ冷静になるべきではないか。被害者の方を傷つける意図がないのでほとんどの批判や抗議は有効ではないこと、感想は自由であること、本件素粒子に対する批判や抗議には別の危険性(表現や文学の死滅)があることを認識すべきだろう。